ユニセックスという言葉が棚に増えた。だがそれは単なる流行ではなく、型紙・生産・流通という服づくりの土台そのものが変わり始めた結果だ。小さなブランドが今日から考えるべき視点を整理する。
店頭の棚札から「MEN」「WOMEN」の文字が静かに減り、「UNISEX」や「ALL GENDER」という表記が増えている。これは単なる気分の問題ではなく、服の設計図そのものが変わり始めているサインだ。今回は、なぜ境界線が動いているのかを、歴史・技術・流通という三つの切り口から掘り下げてみたい。表面的な「多様性の時代だから」という説明では見えてこない、業界構造の裏側がある。
そもそも境界線はいつ、誰が引いたのか
メンズとレディースという区分は、実は服の本質的な違いというより、19世紀末から20世紀初頭にかけて百貨店が売り場を整理するために採用した便宜的な分類だったという説が有力だ。それ以前のヨーロッパ社会では、装飾性の高い服を着るのはむしろ男性貴族の方が多く、現代の「男は地味、女は華やか」という固定観念は近代以降につくられたものにすぎない。
さらに、大量生産が本格化した20世紀半ばには、サイズ規格を男女で分けることが工場のライン効率を上げる手段として定着した。つまり境界線は美意識ではなく、生産管理の都合で強化された面が大きい。この歴史を知ると、現在の「ユニセックス回帰」は原点回帰に近い現象だとも言える。
実際、日本の呉服の世界でも、反物の幅や着付けの構造は性別による違いがほとんどなく、帯や柄の選び方で性差を表現してきた。洋服における男女差は、生地の裁断そのものよりも、見せ方の文化に起因する部分が大きい。この視点を持つと、境界線を崩すことは奇抜な挑戦ではなく、服の歴史の中では自然な揺り戻しだと理解できる。
型紙とサイズ規格、見えない技術的な壁
境界線を動かす上で最大の障壁になっているのは、実はデザインではなくサイズ規格だ。メンズとレディースでは、肩幅と胸囲の比率、袖のつけ方、股上の深さなど、人体の平均値に基づいた前提が根本的に異なる。ユニセックスを謳う商品の多くが「オーバーサイズ」を選ぶのは、デザイン的な選択である以上に、体型差を吸収するための最も現実的な解決策だからだ。
一方で、近年は3Dボディスキャンのデータが蓄積されたことで、性別ではなく体型クラスターでサイズを設計する動きが一部の生産背景で始まっている。これは、同じ身長でも肩幅や腕の長さの分布が性別をまたいで重なり合う部分が大きいというデータに基づく発想転換だ。性別二分法のサイズ表よりも、体型分布に基づくサイズ表の方が、実は無駄な在庫を減らせるという生産側の合理性もある。
小さなブランドにとってこれは朗報でもある。大手のように男女別に型紙を二系統持つ体力がなくても、体型クラスター型の一つの型紙で幅広い層に対応できれば、サンプル製作コストと在庫リスクを同時に圧縮できる。境界線の融解は、感性の話であると同時に、中小ブランドの採算構造を変えるテクニカルな好機でもある。
売り場が変わると、在庫の論理も変わる
百貨店やセレクトショップの売り場構成を見ると、境界線の揺らぎは棚割りの変化として如実に表れている。従来は「紳士服フロア」「婦人服フロア」という垂直分割が基本だったが、近年はアイテムカテゴリー軸、たとえば「アウター」「ニット」「デニム」という横断的な分類で陳列する売り場が増えている。これは単なる見せ方の工夫ではなく、在庫回転率を上げるための経営判断でもある。
性別で分けた売り場は、片方の在庫が余っても融通が利かないという構造的な弱点を抱えている。アイテム軸で統合すれば、同じ商品を複数の客層に提案できるため、シーズン末の在庫消化率が改善しやすい。実際、ユニセックス展開を強めたブランドの一部では、従来比で欠品率と過剰在庫の両方が緩和されたという報告も業界内で語られている。
ただし、これは棚を統合すれば自動的にうまくいくという単純な話ではない。接客側には、性別を前提にしないサイズ感の説明スキルが新たに求められる。小さなブランドが実店舗やポップアップを持つ場合、スタッフが「このサイズは身幅何センチ、肩幅何センチ」と具体的な数値で案内できる体制を整えることが、性別の垣根を越えた接客の第一歩になる。
色と素材に残る、最後の心理的な境界
型紙やサイズの壁が低くなっても、色と素材感には依然として根強い性別イメージが残っている。これは生地そのものの性質というより、消費者の記憶に蓄積された文化的な連想によるものだ。たとえば光沢のあるサテンは女性的、硬いキャンバス地は男性的と感じられやすいが、これは繊維の歴史の中で誰がどの素材を身につけてきたかという社会的な経緯の反映にすぎない。
近年、素材開発の現場では、この心理的な境界を意識的に揺さぶる試みが進んでいる。たとえば、硬さと柔らかさを一枚の生地の中で切り替える特殊な織り方や、男性的とされてきた厚手のウールに光沢加工を施して女性的な印象を加えるなど、素材そのものにハイブリッドな性格を持たせる技術が実用段階に入ってきた。
小さなブランドが大規模な素材開発をするのは難しいが、既存の生地の「見せ方」を変えるだけでも印象は大きく変わる。同じ生地でも、光の当て方や縫製の向きを変えるだけで硬質にも柔和にも見える。色と素材の境界は技術よりも編集の問題であり、ここにこそ小さなブランドが工夫を凝らせる余地が大きく残っている。
小さなブランドが境界線の揺らぎをどう活かすか
大手がユニセックス展開を進める中、小さなブランドが同じ土俵で戦うのは体力的に不利に思えるかもしれない。しかし実際には、小規模であることが有利に働く局面もある。大手は既存の男女別サイズ体系を抱えているため、急には統合できない。一方、小さなブランドは最初から性別を前提にしない設計を選べる身軽さがある。
具体的には、サイズ表記を「S/M/L」ではなく「肩幅・着丈・身幅」の実寸で表示するだけでも、性別を問わず選びやすい印象を与えられる。また、型紙を一つに絞り、素材や色のバリエーションで表現の幅を出す方が、サンプル製作と生産管理の両面でコストを抑えられる。これは小ロット生産を続ける上での現実的な戦略でもある。
さらに、接客やSNS発信においても「このサイズは身長170cm前後の方に」といった体型ベースの情報発信は、性別に縛られない顧客層の獲得につながる。境界線の揺らぎは、大きな資本を持つブランドだけの物語ではなく、むしろ小回りの利く小さなブランドにとって、新しい顧客との接点を生み出すきっかけになり得る。
境界線が動く理由を辿っていくと、それは一時の気分ではなく、歴史・技術・流通という複数の層が同時に変化している結果だと見えてくる。型紙の発想転換、在庫管理の合理化、素材表現の工夫。どれも地味だが、確実に服のつくり方を変えている。読者もまた、次に服を選ぶとき「これは誰のためのサイズ表記か」と一度立ち止まってみると、見える景色が少し変わるはずだ。


