特集2026.09.08

素材が主役になった理由

コレクションの主語がデザインから素材へと移りつつある。バイオ由来レザー、再生ポリエステル、認証マーク。その裏側にある技術と業界構造を、小さなブランドの視点から読み解く特集。

数年前まで、雑誌の特集といえばシルエットや配色が主役だった。ところが最近の展示会やコレクション解説を眺めていると、デザイナー自身が生地の組成や製法について語る時間の方が長いことに気づく。糸の由来、染色方法、再生率のパーセンテージ。これはトレンドというより、業界の評価軸そのものが変わった結果だ。今回は、いま注目される素材がなぜ生まれ、どんな技術と制度が後押ししているのかを、小規模ブランドの現場にも役立つ形で掘り下げていきたい。

なぜ素材が経営の話題になったのか

素材が語られる理由は、感性の問題である以上に制度の問題でもある。欧州では2027年前後の本格施行を見据えて、衣類にデジタル上の「製品パスポート」を持たせる仕組みの整備が進んでいる。繊維の原産地、染色工程、リサイクル率といった情報を、消費者や取引先がスキャン一つで確認できるようにする構想だ。これが実現すれば、素材選びは単なる感性の問題ではなく、開示義務を伴う経営判断になる。

実際、大手ラグジュアリーブランドの決算資料を読むと、原材料調達の項目が年々厚みを増している。数年前は数行だった記述が、今では調達方針や認証取得状況まで踏み込んで説明される。これは投資家やパートナー企業が、ブランド価値を測る指標の一つとして素材のトレーサビリティを見るようになったからだ。

小規模ブランドにとっても無関係ではない。大手が調達基準を厳しくすれば、その基準は生地商社や紡績工場を通じて業界全体に波及する。今使っている生地の裏側にどんな来歴があるのか、一度サプライヤーに聞いてみる価値がある。答えられない取引先が意外と多いことに、驚くかもしれない。

バイオ由来レザーの実像

バイオ由来レザーの実像

植物由来のレザー代替素材は、ここ数年で急速に選択肢が増えた。サボテン、キノコの菌糸体、パイナップルの葉繊維、ぶどうの搾りかす。素材名だけを聞くと画期的に思えるが、実際の組成表を見ると多くの場合、ポリウレタンなどの合成樹脂が30〜60%程度含まれている。つまり「植物由来」という言葉は、原料の一部が植物であることを指しているのであって、完全な天然素材という意味ではない。

この点を誤解したまま「地球に優しい」と表記してしまうと、後々グリーンウォッシュとして指摘されるリスクがある。実際に欧州の広告規制当局は、根拠の曖昧な環境訴求表現に対する取り締まりを強化している。素材を扱う側は、何パーセントが植物由来で、残りは何でできているのかを、正確に把握し説明できる状態にしておく必要がある。

技術的な進化も着実に進んでいる。菌糸体レザーは数年前まで裂けやすさが弱点だったが、繊維の圧着方法の改良によって、バッグの持ち手など負荷のかかる部位にも使える強度を持つ製品が出てきた。小規模ブランドが導入する場合は、まず小物や裏地など負荷の少ないパーツから試すのが現実的だ。素材メーカーの多くはサンプル提供に前向きなので、直接問い合わせてみるのも一つの方法である。

再生ポリエステルの二つの道

再生ポリエステルと一口に言っても、その作り方には大きく二種類ある。一つはペットボトルなどを砕いて溶かし、糸に紡ぎ直す「メカニカルリサイクル」。もう一つは、化学的に分子レベルまで分解してから新しい繊維として再構築する「ケミカルリサイクル」だ。

メカニカルリサイクルはコストが低く普及しているが、繰り返すたびに繊維の強度が落ちるという弱点がある。何度もリサイクルを重ねた糸は毛羽立ちやすく、高級素材には向きにくい。一方のケミカルリサイクルは、理論上は何度でも品質を保ったまま再生できる「循環」を実現できるが、設備投資が大きく、現状ではまだコストが高い。

ここで意外と知られていないのが、衣類そのものを原料とする「繊維to繊維」のリサイクルの難しさだ。ペットボトルは単一素材だが、衣類は綿とポリエステルの混紡、ファスナーやボタンといった異素材が組み合わさっている。分解して再び糸にする過程で、これらを分離する技術がまだ発展途上なのだ。だからこそ、単一素材で作られた服はリサイクルのしやすさという点で今後評価が上がっていく可能性が高い。タグに「ポリエステル100%」とだけ書かれた製品を見かけたら、それは環境配慮の観点からも意味のある選択だと理解しておきたい。

認証マークの読み方

生地のタグや展示会のパネルでよく見かける認証マーク。これらは種類によって審査の対象がまったく異なる。ある認証は原料の由来だけを保証するもの、別の認証は染色工程で使われる化学物質の安全性を保証するもの、また別のものは労働環境まで含めた工場全体を審査するものだ。

つまり「認証取得済み」という言葉だけでは、何が保証されているのか分からない。これを利用者側が理解していないと、認証を一つ取得しただけで環境問題全体をクリアしたかのような誤解が生まれてしまう。取材の中でも、認証の内容を正確に説明できるブランド担当者は思いのほか少なかった。

小規模ブランドにとって認証取得は費用面でハードルが高いのも事実だ。しかし近年は、認証済みの生地をロット単位で仕入れられる商社やプラットフォームが増えている。自社で認証を取る代わりに、認証済み原料を使うことで一定の裏付けを持たせるという選択肢は、現実的な落としどころになる。重要なのは、認証マークを飾りとして使うのではなく、その中身を理解した上でお客に説明できる状態にしておくことだ。

現場で起きている染色と縫製の変化

現場で起きている染色と縫製の変化

素材の話は繊維そのものだけでなく、染色や縫製の工程にも及ぶ。従来の染色は大量の水を使うことで知られてきたが、近年は超臨界二酸化炭素を用いて水をほとんど使わずに染める技術が実用化段階に入っている。まだ導入コストは高いものの、一部の紡績工場では専用ラインを設けて対応を始めている。

縫製の現場でも変化がある。異素材を接着するために使われてきた溶剤系の接着剤を、水性のものに置き換える工場が増えてきた。これは働く職人の健康にも関わる話で、環境配慮は消費者向けの話だけでなく、生産現場で働く人々の労働環境改善とも密接に結びついている。この視点は、素材を選ぶ側にも持っておいてほしい。

小規模ブランドが工場を選ぶ際、価格や納期だけでなく、こうした工程の詳細を尋ねてみることをすすめたい。水性接着剤への切り替えが進んでいる工場は、総じて設備投資に前向きで、結果として縫製品質も安定している傾向がある。素材選びは生地そのものだけでなく、それを形にする工程まで含めて初めて完結するのだと理解しておくと、取引先選びの解像度が上がる。

素材の話は地味に見えて、実はブランドの姿勢そのものを映す鏡だ。何を選び、なぜ選んだのかを自分の言葉で説明できるブランドは、価格以外の場所で信頼を築いていける。派手な認証ロゴを掲げることよりも、一枚の生地の来歴を丁寧に語れることの方が、これからは価値になっていくはずだ。今日、自分の服の裏地を確認するところから始めてみてはどうだろう。

RELATED
新着ブランドの案内を受け取る
新しいブランドの掲載や特集記事の公開を、月2回ほどのペースでお知らせします。
LINEで受け取る
MORE STORIES
ほかの記事も読む